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人生山あり谷あり 地元のご縁を大切に、手堅い経営で一歩前へ 有限会社 優美堂 下村 功 氏(文京支部)

voice_202111.jpg有限会社 優美堂 (文京支部)
代表取締役
下村 功 氏


【会社概要】
設 立:1978年
資本金:300万円
事業内容:シール印刷
社員数:4名
住 所:東京都文京区本駒込5丁目60-18

 

 東京23区で唯一JR山の手線の内側にすっぽり入っている文京区。文京区の中でも印刷業が盛んな地域である駒込に会社を構える。㈲優美堂の下村功さんを訪問した。下村さんが私たちを爽やかな笑顔と元気な声で出迎えてくれた。中にはいると、大きなシール印刷機、そしてほんのりインクの匂い。なつかしい匂いである。会社は1978年創業、今年43年目を迎えている。
 下村さんは文京区茗荷谷に生まれた。ご両親は拓殖大学の学生寮の寮長を住み込みでしていたが、下村さん誕生後、練馬区大泉学園へ転居した。「私は1957年生まれで、同友会誕生と一緒です。2年前に支部長を受けた年に法人化されました。なんだかご縁を感じますね」と話した。当時通っていた妙福寺保育園の話も懐かしそうに語る。
 父親は昭和7年生まれで、7歳でご両親を亡くし、妹は肺炎で亡くし、姉とともに親戚に預けられたが虐待され、14歳で家を飛び出した。「父は生きるため、食べるためにどんなことでもやったそうですよ」と語る。たまたま声をかけてくれた方が文京区の印刷屋で、そこで住み込みで働いた。その後、刷版業(印刷で使用する)を早稲田で開業した。下村さんは当時10歳だった。
 「親父は正義感が強いが、一発当てたい思いの強い人でした。不渡りを出したのもそうした気持ちが強かったからでしょう。従業員にはきちんと給料を払いたいとも言っていました。それは耳が痛いけれど」と苦笑。18歳のときに、会社が不渡り手形を出したため、専門学校をやめて、手伝うことになったが二度目の倒産。二度目の時は街金にも手を出していた。父親は出奔し、下村さんは借金の整理に5年以上費やした。
 学生時代から父親の仕事を手伝っていたので印刷の知識があった。そこで、今までご縁をいただいた駒込に戻り、銭湯の空きスペースを借りて創業。同時に父親が付き合いのあったシール屋も独立して隣に創業した。その方からシール印刷を学んだのが今の仕事の始まりである。その方は手形を使わない手堅い経営をする人だった。「父の会社の倒産経験もあり、うちは当座預金の口座はつくりません」と言い切る。
 地元の同級生やいろいろな方に助けていただいたことに感謝している。「地元に戻ってきて本当に良かった。そして伯母の家族が一緒に働き、会社を支えてもらっています。コロナ禍で売上が激減しても文句を言わずに。本当にありがたいことです」と笑顔。
 東京同友会(文京支部)に1993年に入会。入会した理由は「同友会はボスをつくりません」と言った事務局の一言。入会したが、学童保育の父母会活動などで忙しく、なかなか参加できなかった。しかし、同友会文京支部と文京区との関係は父母会活動を通して築いた良い関係が生かされている。文京支部長としては、「支部会員の皆さんと顔を合わせて語り合いたい」。
 同友会の皆さんの中にも千社札をいただいた方がおられると思う。「上石神井内田」「昭島岡野」「鶴ケ舞桜井」と、あのシールをつくってくれたのは下村さんである。優しい配慮に感謝感激!
 また、環境問題に対しても、今まで「シールごみ」はリサイクルできず、事業系ゴミとして「夢の島」へ持ち込んでいた。今は同支部の大谷清運㈱二木社長との出会いにより、再生工場「リボーン」で固形燃料にリサイクルしている。少しでも環境に良いことができうれしいと笑顔で話す。
 会社の未来については「食べていければ良し!」「仕事が継続できれば良い。そして時代のニーズに応えられるようにすることができたらいい」と優しく語ってくれた。
 趣味はボウリング。現在はコロナ禍で中止しているが、文京支部でも毎年ボウリング大会を開催している。「もちろんマイボウルで、ベストスコアは300点」と照れ笑いの下村さん。一日も早く、またボウリング大会を開催して、大いに力を発揮していただきたい。
 取材中に駒込の銘菓「揚げ最中」をごちそうになった。長年愛される味が、優美堂の味なのかもと、うれしい気分になった。

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