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ものづくりで感動の連鎖を興す お客様の"こういうもの"を形にしたい 株式会社 四釜製作所 四釜 裕和 氏 (荒川支部)

voice_202112.jpg株式会社 四釜製作所 (荒川支部)
代表取締役
四釜 裕和 氏

【会社概要】
創  業:1966年
設  立:1977年
資 本 金:1000万円
従業員数:12名
事業内容:商業施設、文化余暇施設、オフィス等の金属ディスプレイ、什器 金物、造作、金物、装飾金物、サインの製作、施工
住所:[本社工場] 東京都荒川区西尾久7-16-12
[新 工 場] 東京都荒川区西尾久 7-16-2

 

 東京に唯一残る都電荒川線の荒川遊園前駅近くに本社を構える㈱四釜製作所。社員さん手づくりのウェルカムボードで温かく出迎えていただいた。四釜さんの案内で工場見学から始まった。廃材置き場には切り落とした廃材が大きさ別に置いてあった。廃材はスクラップにしたり、すべて再生ができるのでゴミが出ない。エコな仕事である。工場では社員の皆さんが黙々と作業をされていた。驚いたのは図面なしのフリーハンドで製作ができるベテラン社員がいることである。新人の社員も笑顔で頑張っていた。旧工場の隣にあるコロナ禍前に建てた新工場を見学。「まだ機能を十分果たしてない」と残念がる。
 父敏男さんにより1966年に創業、今年54年目を迎えた。敏男さんは山形県出身、集団就職で東京へ。この時代の日本は高度成長期だった。地方から集団就職で東京(上野)へたくさんの若者が上京した時代である。敏男さんは両国のガラスショーケースフレームやサイン・ディスプレイ等を製作する町工場に就職。そこで技術を身に着け営業を学び21歳の時に独立する。
 四釜さんは、1973年生まれの48歳。社会科の先生になりたいという夢があった。中学社会・高校地理歴史・公民の免許状を取得。しかし、団塊ジュニア世代で教員への門は狭かった。体育会系の警察官にも憧れていたが、視力が弱いのでその道もあきらめた。
 大学の先生から、民間企業でも社員教育に関わることもできるとアドバイスを受け、店舗内装設計デザイン会社へ就職。日本全国のコンビニエンスストアや各種チェーン店の店舗展開の仕事に従事した。薄々会社を継がざるをえない時が来るかもしれないと思い、近い業界を選んだ。しかしその時は全く継ぐ気はなかったそうである。「ここでの経験は今の自分にはとても生かされています」と語る。その地その地での信頼関係の築き方を気づかせてもらい、とても勉強になったと言う。
 社会人十一年目に敏男さんが体調を崩し入院したことがきっかけで四釜製作所に入った。業務は入社2~3年後からほとんどすべて任されたが、重要な決定権は譲られていない。社長になったのは2014年である。「今だに父はお前に任せたとは言っていないと。事業承継の難しさを感じています」と苦笑した。
 同友会(荒川支部)の2017年11月例会に飛び込みで参加した。引続き懇親会にも誘われて行った。当時の支部長が、社長に就任した際のエピソードが本音トークでびっくり。「この集団はすごいなぁ」と思い、即入会したと当時を振り返る。また、経営で困ったことがあると先輩に聞けることが同友会の良さ。入会半年後「成文化セミナー」、「同友会研修」を受講した。「荒川支部期待の新人と言われていました」と照れ笑い。今年から荒川支部の支部長として活躍中である。
 荒川工業高等学校で製造業の授業を受け持って教壇に立つ機会があり、ここで意図せず先生になる夢が果たせた。
 四釜さんが経営者として大切にしていることは、「雇用を大切にし、人の心を動かせる仕事をしていきたい。考えに考えて『ものづくりで感動の連鎖を興す』という経営理念をつくりました。復興の『興』を使っていますが、弊社を起点として関わる人の心を動かすような仕事をしていこうと社員には話しています」と力強く話す。
 これからの会社の方向性を聞いたところ「大昔から存在しているお店という業態はなくならない。やり方の問題だと思います。同友会は徹本業・拡本業・脱本業と言っていますが、我々は『徹本業』でがんばっていきたい」という言葉が印象的だった。
 家族は4人で、イギリスのケント大学に短期留学したした時に出会った奥様と小学6年生の息子さんと小学3年生の娘さん。趣味は水泳、マラソン、野球観戦等。水泳ではマスターズ大会・遠泳・オープンウォータースイミングなどいろいろな大会にも出場しているスポーツマンである。

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