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築地市場から豊洲市場へ 社員の笑顔と共に新しい歴史づくりを 東京魚類容器株式会社 原 周作 氏(中央区支部)

voice_202205.jpg東京魚類容器株式会社(中央区支部)
代表取締役
原 周作 氏

【会社概要】
設  立 1948年
資 本 金 1000万円
事業内容 包装資材販売
従業員数 25名
所 在 地 東京都江東区豊洲6-6-6 豊洲市場内

 

 2018年10月、築地市場から豊洲市場へ移転して4年目を迎える東京魚類容器株式会社。1948年に築地市場で魚用木箱の販売から始まった。現在は発泡スチロール容器や段ボール箱などの包装資材を市場内外に提供している。移転に関しては廃業する会社もあり不安があったが、いい時期に移転できたと今は思っている。売上は移転後一割減にとどまった。豊洲に移って使い勝手もよくなり、採用もしやすくなったという。
 原さんは1978年神奈川県に生まれ、高校時代はハンドボール部に所属し、関東大会へ出場したというスポーツマンである。数学が得意で理系の大学院までいったが明確な将来像を持っていなかった。卒業後、大手損害保険会社に入社したが、威圧的な上司や土日出勤等様々な抑圧の中で心身ともにボロボロになり逃げるように27歳で東京魚類容器に入社した。
 会社は祖父原米六氏が設立し、伯父博氏が二代目、父聖史氏が三代目である。入社当時は、朝早い、汚い、魚臭い、そして社員の高齢化、横領と問題山積みの会社だった。その中で原さんは結果を出そうと価格競争に巻き込まれ父聖史社長との喧嘩の日々が続いた。
 2012年に聖史氏が引退し、原さんは四代目社長に就任した。就任後も問題は続き、経営者としての悩みや孤独感を感じ、多くのセミナーに通った。その中で「創業者の思いを知ったほうが良い」と言われ、出合ったのが祖父米六氏の日記である。「日記の中の『当社の経営方針に就ついての注意』は私の心の支えです」と語る。
 東京同友会入会は2013年。経営指針成文化セミナーを受講し、社員との向き合い方を学んだ。「笑顔で百年存続」を経営方針に掲げたが全員の前では伝えることができなかった。個人面談で伝えたが、「何で突然?」と社員との間に温度差が生じ、若手社員が辞めていった。人手不足になり採用活動をするために同友会の共同求人の見学にいった。先輩経営者から「仕事の楽しさややりがいを伝えなければ採用できない。学生に理念を語ることで、部下にも伝わっていく」というアドバイスがあり、共同求人で理念に共感してくれる人を採用することができた。
 2018年、19年に青年部部長として全国の同友会経営者から学んだことも自分を成長させてくれたという。
 保険会社時代に友人の結婚式の二次会で出会った奥様の幸恵さん(取締役)の支えもあり苦難を乗り越えられている。「彼女の明るさ、緻密な計画性は私にないものです。感謝しかないですね」と満面の笑顔。
 ドライアイス、食品トレーに加えて、昨年品川の包装資材会社から業務を引き継ぎ、大田市場にも進出した。「コロナ禍で挫折もあればチャレンジもあります。今年過去最高の売上を更新すると思います。包装資材会社からの業務引継ぎはありがたい話ですが、大変で心が折れそうになることもあります。でも、本業で頼まれることは受け入れて会社を強くしていく時期だと感じています。私の器を広げることで会社の大きさは後からついてくると思います。自分を磨いて器を大きくしたいのですが、これって理想ですが…できていませんね」と苦笑い。後藤新平の言葉に『金を残す人生は下、事業を残す人生は中、人を残す人生こそが上なり』とある。原さんはその言葉を座右の銘としている。
 幸恵さんとの二人三脚で「人を残す経営」にまい進してほしい。

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