生活と向き合い続け 微かな変化を愛いつくしむ
秋吉 利恵 氏
エンジェルサポート株式会社
代表取締役社長
秋吉 利恵 氏(荒川支部)
【会社概要】
住 所 東京都荒川区町屋1-18-11 1F
創 業 2015 年
事業概要 指定訪問介護(予防訪問介護含む)、障害総合支援法に基づく訪問サービス、エンジェルサービス(介護保険ではまかなえないケア)
従業員 16 名
U R L http://care-support-angel.com/
世の中は、わかっているようでわかっていないことに溢れている。たとえば付き添いで待つ病院。まわりを眺めると、その場でうまれているものごとも多様である。待つひとびとの表情や会話、立ち振る舞いもそれぞれ。そして病院をはなれる一時、よぎることがある。日常生活の有難さ、である。
2000 年代前後を境に、各種インフラが見つめ直され、誰にとっても接しやすいデザインが普及してきた。それに伴い、車いすで移動する人とサポートする人、または散歩や買い物に寄り添う人を見かけるようになった。みな、外に居場所があり、そして家というやすらぎの場所がある。
「在宅で暮らし続けることの尊さを追い求める会社として、エンジェルサポートを2015 年に創設しました」と語る秋吉利恵さん。同社はヘルパーが居宅に訪問し、日常生活動作・日常家事の介護を行う。また、介護保険ではまかないきれないケア(通院の院内付添い、散歩、お墓参りの同行、ペットの世話、庭の手入れなど)もサポートしている。
「わたし、自分で言うのも変ですが、過保護に育てられたので料理とかできなかったんです。でも、この仕事についてから訪問先の利用者に料理を教えてもらったり。できるようになったこともたくさんあります」と微笑む。「ひとの生活って、ほんといろいろ。同じ仕事内容はないですね。というか、ほとんどイレギュラー。それが楽しい」と笑う。
秋吉さんは大学時代、ビッグバンドのトランぺッターとして学生生活をおう歌した。しかし、就職活動が近づくと社会でやりたいことを見いだせず、焦りを感じ始める。内省をすると、もともとこどもが好きであることや教育に関心があることに気が付いた。「3年生で教師を目指すのは難しそう。そこで、人と関わることや教え伝えることなどフォローをする役割を担える仕事はないかと調べ、いきついたのが介護業界でした」と振り返る。在学中にヘルパー資格を取得し、そして春、会社には実家から通えない勤務先を願い出て、それが叶いひとり暮らしを始めた。「家族からはひとり暮らしなんて無理だと言われてたんですけどね。わたしの生活のスタートでした」といたずらっぽく笑う。
勤務時代は5年に渡った。3年間は現場で2つの店舗を経験。2店舗目は24時間対応を行う場所であった。しかし、激務と人間関係で秋吉さんは心身ともに体調を崩してしまう。そして会社との折衝を経て、本社へ異動。「全国展開をしている企業だったので、現地人材採用の支援や新店舗立ち上げなどを2年間学びました」。「一方で、大きな会社がゆえ、働いている人の希望通りにはならない場面も数多く見てきました。それがつらかった」と手元を見つめる。「会社はみんなのことを考えているのに、受け手はそれらを有難がってはいない。経営側と現場側、お互いが想いをひとつにできる会社をつくれたら」。そして2015年、勤務時代に知り合った経営者との縁が重なり、エンジェルサポートの設立へとつながる。
設立から5年間は、家庭を育みながら、働きに働いた。そしてこの間に転機が訪れた。地元の医療介護の勉強会に都合がつき、参加。そこで出会ったのは、先述した会社の上司であった清水誠太氏(江東支部、現共育委員会委員長)だった。清水氏は江東区で訪問看護事業を営んでいることを、ここで秋吉さんは知る。
そして世界はコロナ禍へ。「当時、私は社員の出入りや社員同士のトラブルで悩んでいて、頭に浮かんだのが清水さんでした」と語る。清水氏は即オンラインでの面談を用意。氏は自分自身がどうしたいのか、を学べる場として同友会を紹介。2020年秋、東京同友会への入会となった。秋吉さんは異業種かつ同世代が多く在籍する葛飾支部(当時)で活動。次いで、2021年成文化セミナーを受講。2022年より青年部活動にも携わり、2024 年から青年部長を2年間務めた。
同社はさまざまな利用者の生活に寄り添う。なかでも秋吉さんが大きな学びを与えられたと語るのは、生まれつき重度の障害をもった青年であった。「もともと手足も動かせない障害の上、進行形の難病でした。それでも毎日すごく楽しそうに生活をしていて。時にはわがままを言うこともあったけど、基本は愛されキャラ。できる範囲で、精一杯生活をする。本当にまわりを明るくしていました」。「私たちの生活はまわりの協力も不可欠で、自分の生きてきた関わり方がそこに自ずと現れてくるのです」と柔らかく、芯ある声が響く。
「経営側と現場が通じ合うことを理想に10年走ってきましたが、果たしてそれだけで生き残っていけるのかに悩む日々です。また、現場スタッフも歳を重ねていき、出来ることも変わってくる。できなくなったらエンジェルサポートを辞めるのではなく、みんなに居てもらえる事業を見出していきたい」とまっすぐな目線をくれた。












