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中小企業家群像

主婦から突然社長に! ~次代につなげる細やか経営~
株式会社エアコンサービス 苅米 淑子 氏(港支部)

株式会社エアコンサービス(港支部)
代表取締役
苅米 淑子 氏
東京都港区三田1-4-28 三田国際ビル1F
設  立 1963 年
資 本 金 8000 万円
社 員 数 60 名
業務内容 空調・換気・給排水・衛生・消防設備等の建築設備全般の設計・施工、空調機修理・保守・クリーニング・フロン回収、省エネ測定・診断・助成金獲得アドバイス等

㈱エアコンサービスの創業者は井上弘氏(現監査役 東京同友会名誉会員)。喫茶店のオーナーだった井上さんが、店舗のエアコンの不具合を見よう見まねで修理したことからビジネスチャンスを見い出し、同社を創業したことは同友会では有名な逸話となっている。その三代目社長苅米淑子さん(港支部)を東京タワー間近の三田国際ビルに伺った。

淑子さんのご主人は二代目社長苅米泰実氏である。エアコンサービスの社内結婚第一号だったとのこと。泰実さんは石橋を叩いても渡らない程の慎重な性格で、社長になる時は随分悩んでいたそうだ。技術職から社長への転身に戸惑いながらも誠実に社員と向き合っていたところ、志半ばにして泰実さんが平成17年8月10日、ガンで亡くなる。

井上さんからは、「とりあえず次の人を決めるまでの間、代理の社長を引き受けてもらえないか」と言われ、とんでもないと思ったが、会社が困るのであれば、「数か月なら」と渋々承諾した。9月21日の泰実さんのお別れ会の日の朝「おはよう。代理というのはないらしいよ」と井上さんらしい話のまとめ方に乗せられて、会社の状況もわからないまま三代目社長となった。9月26日の初出勤当日、緊張のあまり体調を崩し午後からの出社となる。プレッシャーはいかばかりであったろうか。家庭では実母の介護もあり、午後2時に帰ってよいということでのスタートだった。

その年の10月名古屋で同友会の全国女性経営者の会があり同行させてもらった。帰りの新幹線の車中、「このまま自宅に帰るので品川で失礼します」と言ったところ、女性部役員の五嶋八重子さん(丸八土建工業㈱・北支部)に「社員は社長の背中をみているのよ。社員はまだ働いている。会社に帰りなさい」と諭された。それ以降6時まで会社にいることにした。

しかし、ただ椅子に座っている日々が続いた。ある日、常務取締役の関口守正さん(港支部)から官庁の仕事をとりませんかと相談があった。丁度インターネット入札が本格的になる頃だった。それならと猛烈に勉強しチャレンジした結果、業績につながり、エアコンサービスの営業範囲が広がった。自分の居場所が見つかった。

同友会女性部での学びで、社長としての役割と自信がつきはじめた。「女性部の諸先輩には感謝してもしきれません」と語る。社員と一対一で話すことを続ける中、ユニフォームを新調したり、フロアの机・キャビネット・ロッカーといった備品を交換するなど、女性ならではの視点で環境を整備していった。経理でも精算等工事屋が雑に扱う部分もキメ細かくチェックして、数字を大切にする空気もつくっていった。

今は、資格取得を奨励する体制づくりをしている。実際スケジュール表を拝見すると連日勉強会があり、社員がそれぞれの目標に基づいた勉強会に参加できるようになり、社内全体が学ぶ姿勢で貫かれている。創業者である井上御夫妻が築かれた社風が、苅米御夫妻の時代にますます磨かれたと感じた。社員の皆さんの笑顔笑顔の社内報からも働く楽しさが伝わってきた。

「これからの夢はなんですか」の問いに「次のいいかたちをつくっていくこと」といかにも苅米さんらしい、謙虚で地に足のついた夢を語ってくれた。54期(平成28年4月1日〜平成29年3月31日)が終了し五五期の経営計画書をつくっているとのこと。ワンポイントリリーフの形で入社したが、今では常勝ベテラン監督のような自信に溢れる。そして女性らしいしなやかな思考で経営する人となった。社長となって10年を過ぎ、控えめな中に経営者としての誇りが輝いている。女性の底力を見た取材であった。
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