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中小企業家群像

創業112年、 200年企業を目指す五代目の挑戦 ~事業承継の課題・会社株式は後継者に集中すべし~
水戸部株式会社 水戸部良三 氏(台東支部)

水戸部株式会社(台東支部)
代表取締役
水戸部良三 氏
創 業:1907 年(明治40 年)
設 立:1951 年(昭和26 年)
資本金:1200 万円
社員数:40 名
事業内容:寝具全般のレンタル、什器備品販売・アスクル代理店

蔵前橋通りと昭和通りの交差点の角地に構えた、水戸部㈱本社ビルを訪問した。1907年(明治40年)、現社長である水戸部良三さんの祖父与四郎氏がこの地で布団の小売業を開業し、関東大震災、東京大空襲で二度にわたる店の焼失を乗り越え、良三さんの父英太郎氏と母和子氏が再建を果たした。

1951年、㈱水戸部商店を設立し個人商店から法人となる。以降貸し布団に力を注ぎ、1955年松戸市に布団製型工場を開設した。その後、1971年、鉄筋コンクリート7階建ての現本社社屋を新築し、水戸部ビルディング㈱を設立し、水戸部商店を水戸部㈱に改称した。1982年に寝具レンタル業から備品レンタル業に転換し、その後のバブル景気により、折からの建設ブームで事業は大きく成長した。

良三さんは1953年に水戸部家の三男として生まれた。会社を継ごうと思ったかを聞くと、「いやいや、僕はジャーナリストになりたくてね。だって女の子にもてるでしょう」と同友会での水戸部さんからは想像のできない一言。(笑)シャイな人だ。「でも、地方に行くのは嫌でした。丸紅の紹介である広告代理店に入りましたよ。ところが、入ってみたものの、上司を見て、これが自分の将来かと思い嫌になって、結局二年半で辞めてました」。もうサラリーマンにはなりたくない。オーナーがいい。そうだ、インテリジェンスのある本屋がいいと開業した。それも赤字800万円、半年で廃業する。その負債を会社に肩代わりしてもらい、迷惑をかけたからと水戸部㈱に入社し、人事・総務を担当した。当時は求人難ということもあって採用に苦労し、1986年東京同友会に入会した。

1991年、台東支部長に就任したが、政権交代、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件などが起き大変な不況になった。支部長を続けざる得ない状況が続き、やっと2000年に島岡秀文さん(故人)に支部長を交代。交代後は、東部協議会議長、政策部長、中小企業憲章制定推進本部長・副代表理事を歴任した。まさに同友会運動の展開を進めてきた立役者の一人である。

2004年、四代目社長の光二郎さんが56歳で肝臓がんで亡くなった。水戸部さんが事業承継するにあたり、兄嫁との確執があった。水戸部さんがつくった社訓に「事業承継の為には、会社株式は後継者(候補)に集中すべし」とあるのは、この経験から生まれたようだ。また、事業承継税制を利用するには3年間取締役の期間が必要で、
現在、御子息へバトンを渡す準備を着々と行っている。

社長就任の年から別事業である学習塾をスタートさせた。「若い頃から女学校をつくりたいと思っていました。人材育成が大事で、それも根幹は女性です。なぜかというと、親父は大酒飲みで入退院を繰り返したり、道楽の多い人で、会社はおふくろの細腕繁盛記状態でやってきました。生まれた時からそんな状況を見てきたので、親父のように、女性に働いてもらって自分は遊んでいられたら楽しいなどと考えたりしましたね。(笑) 女性には感謝も尊敬もしています」。

企業経営においての最大の責任は、雇用責任だという。事業継続は駅伝のようなものだと語る。100年企業から200年企業へと、五代目から六代目、七代目と、その時代にあった業態に変化させながら、しっかりと襷(たすき)を渡し続けていくであろう。

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