笑顔と人の和で、医療と社会に貢献
髙橋 映治 氏
医療法人財団 京映会
最高経営責任者(CEO)
髙橋 映治 氏(千代田支部)
【会社概要】
住 所 東京都江戸川区南篠崎町2-40-3( 本部)
創 業 1981年 4 月 1 日
事業内容 巡回健診(バスドック)、施設健診、介護サービス
従業員 80名
U R L https://kyoubashi.com/
本部(京橋クリニック)内の会議室に案内をいただく途中、階段に「笑顔になろう運動」の掲示が貼られていることがパッと目に入る。そして、笑顔で迎えてくれるは実践者の髙橋映治氏、そのひと。「笑顔を第一にして、当会の3つの理念はこの順番がたいせつ」と再びにっこり。その理念とは『笑顔と人の和』『学習する組織』『全ての事はお客様を優先する』だ。それをまさしく和としてまとまるのが健康診断と介護サービスを利用者に提供する医療法人財団京映会である。
東京同友会へは尊敬する経営者の誘いで約25年前に例会に参加。その迫力に驚き、入会。江戸川支部長も務め、現在は新設クリニック(大手町あおぞら健診クリニック)のある千代田支部に所属。「経営計画書を作ることができたのも、同友会のおかげです。いまでは80ページほどの計画書になっています」と髙橋氏。
「父が設立したこのグループの前身に、私が入ったのは40歳ころ。職員間の争いが絶えなかったときがありました。お客さま、他者よりも自分を優先してしまうのです。そこで当初の理念に〝人の和こそ全て”を据えました」。その具体的な取り組みが「笑顔になろう運動」であった。次いで本社ビルの完成した2010 年、〝人の和こそ全て”を現在の『笑顔と人の和』へと昇華させた。
輪でもなく、和なのである。それは業界全体にも貢献されている実績からもみえる。自社特許を開放しているのだ。東京同友会内で京橋クリニックが語られるときには「バスドックの」という枕詞がつく。そう、専用車両で巡回する人間ドック健診の特許を保持し、開放しているのが京映会。境界線なき和の体現だ。
ここに至るまでの髙橋氏の歩みは一進一退であった。中学・高校とベースを弾き、バンドを組んでいた氏。当時の日本はバブルと重なった空前のバンドブーム。地方大会でベーシストとして賞をとり、そしてプロデビュー。バンドメンバーと全国ツアーにでるが、その最中に売れなくなるというジレンマに陥った。「メンバーとの合宿でたき火を囲みながら、初心を語り合いました。しかし、そこで自分が音楽に求めるものとメンバーのそれが異なることにも気づきました」。その後バンドを辞し、並行して夜学で通っていた診療放射線技師の資格を手に、国立がんセンターで勤務。「親御さんの前で、気丈にふるまう小児がんのこどもたちの姿を見るのは本当につらかった。また、友人のお母さんの闘病にも立ち会いました。いくども健診を受けてらして、かつ本人も違和感がありながらも再検査の結果が続いたので、延びに延び。結果的に全身転移」と手元をみつめる。「モルヒネで意識もうろうとされている
中、映治くん本当に有り難う、とおっしゃった姿と声はいまでも忘れることが出来ません」。「人の命をお預かりする、という医療の使命を心身に刻みました」と語る。そして2000 年代。バブル崩壊から立ち直れない日本経済の荒波の中、髙橋氏は事業経営者としていくつかの企業経営に携わることとなった。結果的に支援者へグループを委ねることとなったが「バンド時代は楽しかった。グループ経営時代は、ずっともーむり、でした」と笑う。それぞれの時代、局面の歯車が回った結果であろう。それゆえ、氏のいう、笑顔と和の意味合いが増してくる。
これらを通して、学びの重要性を実感した髙橋氏は読書が趣味となった。「それはもう活字中毒を自認するぐらいで、父親からは 〝本の話はオレの前でするな” と言われました」と冗談を挟むが、事実、学びと実践はクリニック運営のDX 化にもつながる。平均的な健診レポート納期に対して3分の1に短縮する効率化を実現した。
「コロナ禍は本当にたいへんでした。あらゆることを試し、結果、いまでは私が現場に関与せずとも回るようになりました。理念にある、学習する組織、ですね」。また専門職の学びはともすると自分のことに関する学びになりがち。それゆえ、全ての事はお客様を優先するを理念に掲げている。「人の命にかかわる使命は職員にしっかり伝えたいので、経営理念解説メルマガは20年目を迎えました」と微笑む。
また取材中、笑顔に並んで発せられた言葉は『情緒』だ。現在はさまざまな技術進展が著しいが、それが落ち着けば重視されるのは人間そのもののあり方に落ち着くと髙橋氏は見ている。世界的に有名な数学者岡潔も“人の中心は情緒。それにはいろいろな色調があり、たとえば春の野にさまざまな色どりの草木があるようなものだ”と残している。
「技術進展によるビジネスチャンスも見出していますが、この先は5年くらいでの事業承継も視野に入れています。これからは情緒が大切になる。グループみんなで医療を通じて社会に貢献していきますよ」と破顔一笑、和みが室内にいきわたった。












